伊藤記念財団賞Award

概要と最新の受賞者

食肉に関する学術上の研究に優れた業績が認められ、将来の活躍が期待される研究者に伊藤記念財団賞を授与します。
本年度は8月1日~10月31日まで、第10回伊藤記念財団賞の受賞者について募集を行い、選考委員会において選考を行い、理事会において受賞者を決定します。
受賞者には賞状及び研究奨励金200万円を授与します。
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第9回伊藤記念財団賞受賞者

受賞者及び所属機関等 対象となった業績の課題名
上本 吉伸
東北大学大学院農学研究科
准教授
肉用家畜における高密度SNP情報の肉質改良への応用に関する研究
早川 徹
北海道大学大学院農学研究院
助教
ミオシンの水溶化現象の発見とその応用

第9回伊藤記念財団賞受賞者 業績概要

氏 名 上本 吉伸
所属機関・職名 東北大学大学院農学研究科 准教授
業績の課題名 肉用家畜における高密度SNP情報の肉質改良への応用に関する研究

業績の概要(受賞理由)

わが国の食肉産業では、安価な輸入肉との差別化を図るために、高品質牛肉・豚肉生産システムの確立が求められている。このとき、肉用牛および豚などの肉用家畜の肉質形質を遺伝的に育種改良することが有効な手段の一つとして考えられる。特に、肉用牛では脂肪交雑の高い黒毛和種、豚では三元交雑豚の留め雄であるデュロック種について、肉質形質の遺伝要因をゲノムレベルで明らかにすることが肉質改良を行う上で重要である。そこで上本氏は、黒毛和種およびデュロック種の肉質改良を目指して、高密度一塩基多型(SNP)情報を用いた肉質形質に関する遺伝解析を実施し、以下の研究成果をあげている。

1.黒毛和種を対象とした肉質形質に関する遺伝解析
高密度 SNPチップが市販されて以降、ゲノム全体に位置付けられた数万個からなるSNP 遺伝子型を容易に判定可能となった。それに伴って、経済形質に関連する遺伝的な個体間差を網羅的に調査するゲノムワイド関連解析( GWAS )が家畜集団にて実施できるようになった。そこで、黒毛和種の肉質形質である脂肪酸組成、化学成分、糖含量および核酸関連物質を対象に、これら肉質形質の遺伝要因をゲノムレベルで明らかにするためにGWASを実施した。その結果、脂肪酸組成であるオレイン酸含量について、脂肪酸合成酵素( FASN)遺伝子内のSNPが強く影響を与えることを明らかにした。化学成分(水分、粗タンパク質、粗脂肪)および糖含量(グルコースなど5形質)について、特に、粗タンパク質およびフルクトースに影響を与えるSNPを明らかにした。核酸関連物質(イノシン酸など4形質)について、イノシン分解酵素( NT5E)遺伝子内のSNPが強く影響を与えていることを明らかにした。
2.デュロック種を対象とした肉質形質に関する遺伝解析とSNP情報の育種の応用に関する研究
①肉 質形質に関する遺伝要因の解明と効果の高いSNP探索法の検討)
胸最長筋中の肉質形質(「やわらかさ」など13形質)についてGWASを実施した結果、これら形質に影響を与えるSNP を明らかにした。また、効果の高いSNPを検出するための統計学的手法について、各種手法の利点・欠点を明らかにした。
②肉質形質におけるゲノミック評価
ゲノミック評価法は、ゲノム全体に位置付けられた数万個からなるSNP情報を同時に活用して育種価を予測する手法であり、ウシ集団において実用化されてきた。そこで、実用化されていないブタ集団を対象に、肉質形質におけるゲノミック評価を試行し、その実用可能性について明らかにした。
以上の研究成果は、黒毛和種およびデュロック種の肉質形質に関与する遺伝要因を明らかにした。また、肉質改良の育種現場にて直接利用可能な情報であり、学術的成果のみならず食肉産業に高い貢献を示すものである。


氏 名 早川 徹
所属機関・職名 北海道大学大学院農学研究院 助教
業績の課題名 ミオシンの水溶化現象の発見とその応用

業績の概要(受賞理由)

早川氏は長年、食肉タンパク質の水溶化のメカニズム解明およびその応用について研究してきた。主な食肉タンパク質であるミオシンは一般に無塩および低塩濃度( 0.1M以下)の溶液には溶解しないとされており、その結果食肉タンパク質の大部分も低塩濃度溶液に不溶であると考えられてきた。
同氏は、このミオシンが塩類をほとんど含まない溶液に溶解すること(水溶化)を発見し、2009 年に食肉科学の国際的な学術誌であるMeat Science誌で報告した。ミオシンの水溶化はアミノ酸の一種であるヒスチジンを含む溶液に透析することで起きることから、ヒスチジンがミオシンに対して特別な効果を発揮すると考え、そのメカニズムの解明にあたった。そこで、ヒスチジン溶液に対して透析することで、ミオシンのC末端側にあるロッド領域が伸長していることを確認し、ロッド領域の伸長が重合体形成を不完全にさせると考察し、2010年にMeat science誌で報告した。
同氏は、この水溶化現象を食肉加工に応用するための研究にも取り組んでいる。水溶化処理をしたミオシンを加熱すると、高塩濃度溶液に溶解しているミオシンまたは生理的条件下で重合しているミオシンとは異なり、比較的低温度で脆いゲルが形成されることを報告した(Meat science誌, 2012年)。2015年には、その作用機序を検討し、ミオシンN末端領域における分子間の凝集が水溶化処理 によって抑制されることをJournal of Food Science誌で報告した。また、食肉においてほとんどのミオシンがアクチンとの複合体であるアクトミオシンとして存在していることから、水溶化処理したアクトミオシンについてもその加熱特性を検討し、水溶化処理したミオシンとも異なり、加熱によってゲルを形成しないことを見出した(Animal Science Journal誌, 2023年 )。